紙衣(かみこ)

"KAMIKO"( Japanese Traditional Paper Clothing )

design studio " PENCIL"  二宮 章 (pencil@po.iijnet.or.jp)


紙衣について

 

○紙衣とは、和紙を揉んで柔らかくし、蒟蒻糊や柿渋、寒天などの糊を引いて強度と防水性をつけ、その加工した和紙を反物のようにつなげたもので仕立てた服である。古くは日蓮や親鸞、空海などの高僧がお経の反古紙で作った紙衣を着ており、戦国時代には伊達政宗や上杉謙信、そして豊臣秀吉も紙衣陣羽織を愛用し、江戸時代には、ファッションリーダーであった島原の野郎遊女や、侘寂を求める茶人俳人に愛好されてきた。

○紙衣は最初の使用者であった修行僧のみすぼらしい姿を連想させるのか、どうしても貧しい者が着るものとしてのイメージが強いものである。現に、物語の中に紙衣の記述を沢山残している井原西鶴や近松門左衛門は、紙衣を落ちぶれた武士や町人の象徴のように扱っている。

○しかし「カミ」という言葉が「神」に通じ、紙衣の仕立ても女手を介さずに出来ることもあって、神聖な儀式の際に着用される衣料という一面もある。1200年以上もの間、1度も欠かさず続けられ今日に至っている東大寺二月堂修二会(通称「お水取り」)の衆練者が着ているのが紙衣である。

○このように古い歴史を持つ紙衣も、幕末に外国から入ってきた安価で暖かい綿や羊毛が、国中にあっという間に広まったため、明治に入ってから廃れるまでの時間もさしてかからなかった。それは、まさしく和紙の辿ってきた道でもあった。明治に入って大量生産の出来る洋紙が、生産量やコストの面で不利な和紙を駆逐するのは目に見えたことだった。

○現代では、昭和の初めに白石郷土工芸研究所を興した片倉信光らが、紙衣またはその染色法の復活をさせ、貴重な文献を残した。昭和30年には朝日新聞の記者であった大道弘雄氏が名著「紙衣」を発行し、現在加賀紙衣を作る坂本宗一郎氏に多大な影響を与えた。近年では、武庫川女子大学の辻合喜代太郎・夏目知章両氏がそれぞれ紙衣の本を出している。また、世界的なファッションデザイナーの三宅一生や植田いつ子などが、紙衣を使った服を発表している。特に三宅一生の紙衣のブルゾンは、伝統工芸の世界に新しいデザインを取り入れることに成功した例として、高く評価されている。

○和紙は、日本の伝統工芸としてのみ残り、必然的な需用が殆ど途絶えてしまった。しかし、日本人としてのアイデンティティを保つために、和紙の需用を呼び戻すために、今一度「和紙」の可能性を探求する必要があるのではないだろうか。そのために私は、太古より培われてきた和紙の系譜を再び辿っていくという、膨大な時間を要する作業に取り組もうと思う。地道な作業ではあるが、歴史という長い時間の端々をひも解くわけであるから、効率よくなどと考えていては良い仕事も出来はしない。じっくり構えて研究していこうと思う。今回の「紙衣」の論文は、今まで10年間の紙衣研究の集大成でもあり、私の和紙研究の出発点になるであろう。


『紙衣の歴史』

1. 僧の紙衣 
2. 武将の紙衣
3. 町衆の紙衣
4. 紙衣の産地
5. 紙衣の製法

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